遊山メンバー
ユウ
ひんやりと冷たい清流から飛び出してきた、宝石のように美しいヤマメ。
ランディングネットに収まった魚体を眺めていると、体側に綺麗に並んだ青紫色の小判型の模様に目を奪われます。
渓流アングラーなら誰もが愛してやまない、この「パーマーク」。
僕も初めてヤマメを釣った時、その芸術的な模様の美しさに感動して、何度も何度も写真を撮り直したのを覚えています。
でも、ふと考えたことはありませんか?
「どうしてヤマメの体には、こんな特徴的な模様がついているのだろう?」と。
実は、このパーマークには、彼らが小さな体で自然界を生き抜くための知恵と、成長の過程を映し出す驚くべきストーリーが隠されています。今回は、ただの「綺麗な模様」では終わらない、パーマークの奥深い秘密についてお話ししていきます。
ヤマメのパーマークって、そもそも何?
ヤマメの体側に並ぶ、小判型や楕円形をした暗色の斑紋。
釣りをしていると「パーマーク=ヤマメ」と思い込んでしまいがちですが、実はこの模様、ヤマメだけの特別なものではありません。
英語で「Parr(パー)」とは、サケ科魚類の「幼魚期(子ども時代)」を指す言葉です。つまりパーマーク(Parr mark)は、サケやマスなどのサケ科の魚の子どもたちに広く共通して見られる模様なのです。
ちなみにパーマークはヤマメだけの模様ではありません。小さなニジマスにも見られ、ヤマメと見間違えることがあります。詳しい見分け方はこちらのニジマスとヤマメの幼魚の見分け方の記事で紹介しています。
なぜ子どものヤマメにはパーマークがある?
では、なぜ子どもの頃にこんな模様が必要なのでしょうか。
生まれたばかりの小さなヤマメにとって、川の中や上空には、大きな肉食魚や鳥などの天敵が無数に存在しています。彼らから逃れ、少しでも生き残る確率を上げるためには、自然の風景に溶け込む強力な「迷彩服」が必要でした。
研究者の間でも、このパーマークは河床(川底)の石や砂利、あるいは水面に落ちる木漏れ日の影などを背景にしたときに、自分の姿を分断して見えにくくするカモフラージュ(保護色・隠蔽色)として機能しているという考えが有力視されています。
川底に溶け込む「迷彩」のような模様
実際に、偏光サングラスをかけて川の中をじっと覗き込んでみると、その迷彩効果の高さに驚かされます。
川底の石のコントラストと、ヤマメの体側のパーマークが見事に同化してしまい、ルアーを追って魚が動いた瞬間に「あ、そこにいたのか!」と初めて気付くことも珍しくありません。
ただし、大自然の神秘は一つの理由だけで片付けられるものではありません。「捕食者から隠れるためだけに存在する」と単純に言い切ることはできず、仲間同士のコミュニケーションなど、他の役割が複合的に絡み合っているとも考えられています。
パーマークの数や形はみんな同じ?
渓流で何匹かヤマメを釣った時、ぜひネットの中で模様を見比べてみてください。
「あれ、さっきのヤマメよりパーマークの数が少ないな」「この子は模様の色がすごく濃いな」と、一匹一匹微妙に違うことに気がつくはずです。
岩手県で行われたある研究では、親子間でパーマークの数を調べたところ、遺伝的な影響があることが示されています。つまり、「川底の模様に合わせて、カメレオンのように模様の数を自由自在に変えている」わけではなく、ある程度生まれ持った個性として、模様の数や形にバリエーションが存在するのです。
ヤマメは大人になってもパーマークが残る?
先ほど「パーマークは子どもの頃の模様」とお話ししました。それなのに、なぜ20cmを超えるような大人のヤマメにもパーマークがあるのでしょうか?
実はこれが、ヤマメという魚の面白いところです。
一生を川で過ごすことを選んだヤマメ(河川残留型)の多くは、成熟して立派な大人になっても、子どもの頃の迷彩服であるパーマークを色濃く残したまま生きていきます。
私たちが「ヤマメといえばパーマーク」と強く認識しているのは、この川に残る個体たちが美しい模様をずっと維持しているからなのです。
大きなヤマメでは模様が薄くなることもある
ただし、「川に残るヤマメは、一生絶対にパーマークが消えない」というわけではありません。
尺ヤマメと呼ばれるような30cmを超える巨大な個体へと成長していく過程で、体色が全体的に黒っぽく厳つくなったり、パーマークの境界線がぼやけて薄くなったり、時には完全に消失してしまう例も報告されています。
「パーマークがないからヤマメじゃない」と外見だけで判断するのは難しく、成長や環境によって魚の姿は柔軟に変化していくのです。
海へ下るヤマメからパーマークが消えていく理由
ヤマメの模様が大きく変化する最大のイベントが、海への旅立ちです。
同じ川で生まれたヤマメでも、海へ下って「サクラマス」になることを選んだ個体の体には、劇的な変化が訪れます。
水産研究・教育機構の資料などでも、海へ下るヤマメの幼魚は、越冬後の春頃になると次第にパーマークが薄れ、魚体がギラギラとした銀白色に変化していくことが説明されています。
パーマークが消えて銀色になる「スモルト化」
この変化を「スモルト化(銀毛化:ぎんけか)」と呼びます。
これは、「黒い模様のインクが突然なくなったから消えた」という単純な現象ではありません。
皮膚や鱗(うろこ)にグアニンと呼ばれる成分が沈着し、魚体全体が鏡のように銀色にコーティングされていくことで、その下にあるパーマークが隠されて目立たなくなるのです。
さらに、スモルト化は単なる「見た目の衣替え」ではありません。淡水から海水という全く塩分の違う環境へ移っても生きていけるよう、エラや内臓の機能を海水仕様に作り変えるという、命懸けの生理的な大改造が行われている証拠なのです。
パーマークが消えたらサクラマスになる?
ここで一つ注意したいのが、「パーマークが消えかかっているから、この子は絶対に海へ行くんだな!」とは断定できないことです。
先ほどお話ししたように、一生川に残るヤマメでも、大きくなるにつれてパーマークが薄くなったり消えたりすることがあります。また、少し銀色っぽく見えてもそのまま川にとどまる個体もいます。
外見の色や模様の変化だけで、「この魚はこういう人生を送る」と100%決めつけることは、現代の研究でも難しいとされているのです。
次にヤマメが釣れたら模様を少し観察してみよう
ヤマメのパーマークに隠された秘密についてお話ししました。
今まで、ただ「ヤマメらしい綺麗な模様だな」と見ていたパーマークも、少し見方が変わったのではないでしょうか。
小さな体で川の石に溶け込んで天敵から身を隠し、やがて大きく成長して模様を薄れさせていく者もいれば、銀色の鎧をまとって海へと旅立っていく者もいる。
たった一つの小判型の模様の中に、彼らが川で生きてきた歴史と、これから向かう未来の成長段階がギュッと詰まっているんです。
まとめ:模様に隠された川のロマン
渓流釣りの魅力は、ただ魚を釣ることだけではありません。
次にヤマメがルアーをくわえて飛び出してきたら、すぐにリリースしてしまう前に、ほんの数秒だけその模様をじっくりと観察してみてください。(※魚が火傷しないように、必ず手を水で冷やしてから触れてくださいね)
「この子はパーマークがくっきりしているから、ずっとここで育ってきたんだな」
「ちょっと銀色っぽくてウロコが剥がれやすいな。もしかして海へ行く準備をしているのかな?」
そんな風に、魚の模様から彼らの人生を想像できるようになると、いつもの渓流釣りがまるで壮大なドキュメンタリー映画を見ているかのように、何倍も深く、楽しいものになりますよ!
比較的大きいヤマメを釣った時、顔つきが厳つく、体も黒ずんでいてパーマークがほとんど見えなかったので、「これ、本当にヤマメか!?」と一人で川の中で悩んだことがあります(笑)。図鑑で見るような綺麗なパーマークだけがヤマメじゃないと知った時、過酷な自然を生き抜いてきた王者のような風格を感じて、ますますこの魚が好きになりました。
パーマークの秘密が分かったら、次は海へ下る「サクラマス」との関係や、大きなヤマメを狙う方法についてさらに深く学んでみましょう!
この記事は、以下の研究機関等の知見を参考にアングラー目線で再構成しています。
- 水産研究・教育機構:サケ科魚類のスモルト化およびパーマークに関する基礎資料
- J-STAGE(日本水産学会誌等):ヤマメの斑紋形成と遺伝的要因・保護色に関する論文

TROUT FISHING