遊山メンバー
ユウ
台風が過ぎ去った後や、数日にわたる大雨の翌日。
いつもは底の石まで透けて見える美しい渓流が、轟音を立てて渦巻く茶色い濁流に変わっているのを見ると、自然の恐ろしさを痛感します。
あんなに恐ろしい流れの中で、渓流魚たちは一体どこでどうやって生き延びているのでしょうか?
「魚は泳ぐのが得意だから、どんな洪水でも平気でしょ?」と思うかもしれませんが、彼らとて無敵ではありません。
この記事では、生態学の研究調査などのファクトを交えながら、ヤマメやイワナたちが大雨の川の中でどうやって命を繋いでいるのか、その驚くべきサバイバル術についてお話ししていきます。
大雨や増水中の川は命に関わる危険な場所です。この記事は魚の生態をお伝えするものであり、増水した川での釣行や観察を推奨するものではありません。上流の雨によって一瞬で水位が上がる(鉄砲水)こともあるため、川が濁っていたり増水したりしている時は、絶対に川へ近づかないでください。釣行は水位が平水に戻り、安全が完全に確認できてから楽しみましょう。
大雨になったらヤマメやイワナは流されないの?
まず結論から言えば、「渓流魚は泳ぎが強いから、どんな洪水でも絶対に流されない」というのは間違いです。
大規模な増水が発生すれば、濁流に巻き込まれて下流へ押し流されてしまったり、岸に打ち上げられたり、泥や石にぶつかって命を落としてしまう魚は少なからず存在します。
しかしその一方で、「洪水が起きたら川にいるすべての魚が下流へ一掃されてしまう」というわけでもありません。
彼らは過酷な自然界を何万年も生き抜いてきた生き物です。激流をやり過ごすための術をしっかりと持っています。
実際、大洪水でイワナが大きく減った例がある
洪水の恐ろしさを物語る、天竜川(てんりゅうがわ)水系の山地河川で行われたイワナの生態研究があります。
その川で「平常時の70倍以上」という凄まじい大洪水が起きた後、調査区間にいたイワナの個体数を調べたところ、なんと洪水前の「約4分の1」にまで激減してしまったそうです。
やはり、自然の猛威は彼らにとっても非常に危険な出来事です。
ただ、ここで興味深い事実があります。
生き残った4分の1のイワナたちはどこにいたのかというと、「洪水前とほぼ同じ場所」で確認されたのです。
つまり、洪水が起きたからといって、みんなが一斉に下流へ流されていったわけではなく、「その場所でなんとか耐え抜いた個体」がちゃんといたということです。
魚は濁流の中をずっと泳いで耐えているわけではない
生き残った魚たちは、ものすごい遊泳力で水流に正面から立ち向かい、何時間も泳ぎ続けて耐えたのでしょうか?
実はそうではありません。そんなことをすれば、あっという間に体力が尽きて流されてしまいます。
彼らは、増水した川の中でも「周囲よりも流速が低くなっている場所」を巧みに見つけ出し、そこへ逃げ込んでいるのです。
増水したとき魚が逃げ込む「流れの弱い場所」
私たちが川を見る時、水面全体がものすごいスピードで流れているように見えますが、川の中にはわずかな距離で流速が大きく変わる「避難場所」が存在します。
たとえば、ヤマメと同種であるサクラマスなどを使った調査では、増水時に「砂州(さす・砂が集まった浅瀬)の裏側」や「川岸の植物(河畔林)の周辺」が、重要な避難場所として機能していたとされています。
他にも、えぐれた川岸、ワンド(入り江のように水がよどんだ場所)、大きな岩や倒木の裏側など、普段僕たちがルアーを投げるポイント(変化のある地形)こそが、彼らにとって洪水から身を守るシェルターになっているのです。
大岩や石の隙間も避難場所になる?
さらに、魚たちは「石の隙間」も上手に利用します。
サケ科魚類であるニジマス(スチールヘッド)の幼魚を用いた実験では、水流が強くなると、彼らが大きな石や礫(れき)の「隙間」の奥深くへ入り込み、激しい流れを避ける行動をとることが確認されています。
ヤマメやイワナが全く同じ行動をとるとは限りませんが、川底にゴロゴロと転がっている石の隙間は、激流の影響を受けにくい安全地帯です。
「大雨の時は底の岩にへばりついている」とよく言われますが、これも流速を避けるための理にかなったサバイバル術なんですね。
淵なら安全?増水時の魚がいる場所
「深くて水がたっぷりある『淵(ふち)』なら、底に沈んでいれば安全なんじゃないの?」と思うかもしれません。
たしかに淵は重要な避難場所になりますが、洪水時は淵の中の流速も劇的に速くなります。
あるサクラマスの親魚を調べた研究では、増水時、魚は淵の中でも流速が速い場所を嫌い、「岸近くにできた比較的流れの緩やかな水深帯」へ移動してやり過ごした例があります。
「とにかく底に沈めばいい」という単純なものではなく、淵の地形に合わせて、一番楽に泳げる場所を探し出して移動しているのです。
小さなヤマメやイワナほど流されやすい?
「体の大きな魚は泳ぐ力があるから生き残って、小さな魚は力が弱いから流されてしまうんでしょう?」
僕もずっとそう思っていましたが、どうやらこれも単純ではないようです。
先ほど紹介した天竜川水系の大規模洪水の研究では、「生き残ったイワナの体サイズに、明確な偏りはなかった」ことが分かっています。
つまり、「大きいから生き残る」「小さいから死ぬ」わけではないということです。
たしかに遊泳力は大きな魚の方が上ですが、小さな魚には「少しの石の隙間や、ごく浅い岸際の緩流部にも隠れることができる」という強みがあります。体の大きさに応じて、利用できる避難場所が違うため、小さな命もしっかりと洪水をやり過ごすことができるのです。
避難場所そのものが壊れるほどの洪水もある
ここまで「魚は避難場所を上手く使う」とお話ししてきましたが、それらが機能しなくなるほどの絶望的な洪水もあります。
それは、「川底の地形そのものが壊れてしまうほどの規模」の洪水です。
大雨によって土砂崩れが起きたり、川底の巨大な岩や砂利がゴロゴロと押し流されたりするレベルになると、普段なら安全だった大岩の裏や淵、岸際のえぐれなどが完全に埋まって消失してしまいます。
天竜川の研究でも、個体数の減少は単なる水流の強さだけではなく、「地形が洪水でどう変わったか(生息場所が壊れてしまったか)」が大きく影響した可能性が示されています。
自然の暴力が地形を作り変えてしまう時、魚たちは本当に過酷な試練に直面するのです。
洪水が終わったあと、魚はどうなる?
では、そんな恐ろしい洪水が終わった後、川はどうなってしまうのでしょうか。
川底が真っさらに洗われ、時には泥で埋まってしまうこともありますが、川は長い時間をかけて再び息を吹き返します。
洪水は魚にとって危険であると同時に、川の古い泥を洗い流し、新しい「瀬」や「淵」、そしてヤマメたちが産卵するための新しい「砂礫の浅瀬」を作り出す、自然のダイナミックな新陳代謝でもあるのです。
洪水は魚にとって「悪いこと」だけではない
僕たちはつい「洪水=生態系を破壊する悪いもの」と考えてしまいますが、長期的には新しい環境をリセットして生み出す自然現象の一部です。
その証拠に、大水が出た数週間後に川へ行ってみると、地形が変わった新しい淵で、ピカピカに綺麗なヤマメが元気にルアーを追ってくることがあります。
彼らの生命力と、川というシステムの回復力には本当に驚かされます。
まとめ:多様な地形が魚の命を守る
大雨の時にヤマメやイワナがどうやって生き延びているのかについてお話ししました。
彼らが洪水を生き延びるために必要なのは、無尽蔵の体力ではありません。
「大岩、倒木、淵、岸のえぐれといった、多様な地形(避難場所)が川に残っていること」です。
コンクリートで真っ直ぐに固められ、隠れる場所がない川では、彼らは本当に流されるしかなくなってしまいます。
次に川へ釣りに行った時は、「もし今、大水が出たら、この魚はどこの岩の裏に逃げ込むだろう?」と想像しながら川を眺めてみてください。
そうすると、普段何気なくルアーを通している障害物が、魚の命を守る大切な「家」に見えてきて、川を歩くのがもっともっと楽しくなりますよ!
昔、大雨の翌々日くらいにどうしても釣りがしたくて(今思えば本当に危険なのでマネしないでくださいね)、少し濁りが残る川へ行ったことがあります。流心はまだ轟々と流れているのに、岸辺の本当に小さな「水のヨレ」みたいな浅瀬にルアーを落としたら、そこからドカン!と良いサイズのヤマメが飛び出してきました。「あんな端っこに隠れてやり過ごしてたんだ!」と、自然の生き物のたくましさに感動したのを覚えています。
魚が隠れる地形の読み方や、急な大雨から身を守るための安全対策について、しっかりと学んでおきましょう!
この記事は、以下の研究機関等の知見を参考にアングラー目線で再構成しています。
- J-STAGE(日本水産学会誌):大洪水が山地渓流におけるイワナ個体群に与える影響
- 水産研究・教育機構等:サクラマス等サケ科魚類の増水時における避難行動に関する研究

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