遊山メンバー
ユウ
太陽の光をキラキラと反射する、美しく澄み切った渓流。
川底の石もクッキリと見え、「こんな綺麗な川ならスラスラ歩けそうだな」と足を乗せた瞬間、ツルッ!と滑ってヒヤリとした経験は、釣り人なら誰しもあるはずです。
ウェーディングシューズのフェルトソールすら滑らせてしまう、川底の石の「ヌルヌル」。
釣り人にとっては厄介な障害物でしかありませんが、実はあの薄い膜の中に、大自然の壮大なドラマが隠されています。
この記事では、あのヌルヌルが一体何者で、渓流の生き物たちとどう繋がっているのかをお話ししていきます。
※安全に関する注意:川底の石は非常に滑りやすく、ウェーディング中の転倒は大きな事故につながります。常に足元を慎重に確認し、すり足で進むようにしてください。
川底の石はなぜヌルヌルする?
川底の石を手に取って指でなぞってみると、茶色や緑色っぽく変色した表面が、うっすらとしたゼリー状の膜で覆われているのが分かります。
ヌルヌルの正体は「藻」だけじゃない
僕たちはこれをひとくくりに「藻が生えている」と言いがちですが、厳密には少し違います。
たしかに石の表面には、珪藻(けいそう)や緑藻、シアノバクテリアといった付着藻類(ふちゃくそうるい)が生育しています。
しかし、あのヌルヌルは藻類だけでできているわけではありません。
石の表面にできるバイオフィルム
石の表面では、藻類のほかにも細菌や原生生物など、顕微鏡でしか見えない多様な微生物たちが共同生活を送っています。
彼らが集まり、微生物自身が分泌するネバネバした物質(細胞外多糖類など)で覆われた膜状の集落を形成します。この微生物たちの集まりと粘液の層を「バイオフィルム(生物膜)」と呼びます。
つまり、僕たちが踏んで滑っていたのは、単なる藻ではなく「微生物たちが作り出したヌルヌルの都市」だったというわけです。
付着藻類はどうやって石の上で暮らしている?
激しい水流が絶え間なくぶつかる川底で、彼らはどうやって流されずに生きているのでしょうか。
光が届く川底で成長する
付着藻類は、水中に差し込む太陽の光を浴びて「光合成」を行う植物のような存在です。
浅くて光が届きやすい川底の石は、彼らにとって絶好の生育場所になります。
流れの中でも石に残れる仕組み
先ほどお話ししたバイオフィルムには、微生物が分泌する細胞外高分子物質(EPS)という成分が含まれています。
この成分には強い粘性があり、接着剤のように働くことで、微生物たちがツルツルの石の表面にしっかりとへばりつき、激しい水流に耐えながら群集を維持することができるのです。
あのヌルヌルが渓流の生き物を支えている
釣り人にとっては歩きにくくて邪魔なヌルヌルですが、もし川底の石が洗剤で洗ったようにピカピカだったら、渓流から魚は消えてしまいます。
付着藻類を利用する水生昆虫
光合成によって自ら栄養を作り出す付着藻類は、渓流の生態系における「一次生産者」として重要な食物資源になります。
川底の石をひっくり返すと見つかるカゲロウなどの水生昆虫の中には、この石の表面に生えた付着藻類やバイオフィルムを、削り取るようにして食べて生きている種類がたくさんいます。
水生昆虫からヤマメ・イワナへつながる
ヌルヌルを食べて大きく育った水生昆虫は、やがて水中で流されたり、羽化して水面へ浮上したりします。
そこを狙ってバクリと食べるのが、鋭い歯を持ったハンターであるヤマメやイワナです。
つまり、足元の薄いヌルヌルの膜は、見えない食物網(しょくもつもう)の糸を通じて、僕たちが狙う渓流魚の命としっかり繋がっているのです。
源流では落葉も重要な食物資源
ただし、ここで一つ注意が必要です。
「渓流の生き物は、すべて石の藻から始まっている」わけではありません。
木々に覆い尽くされた暗い源流部などでは、森から川へ落ちてくる「落葉(落ち葉)」などの有機物も、水生昆虫たちを支える超重要なエサになります。川の中の藻と、森からの落葉。この二つの恵みが組み合わさって、渓流の生態系は回っているのです。
石によってヌルヌルの量が違うのはなぜ?
川を釣り上がっていると、石がヌルヌルで茶色っぽくなっている場所と、逆に白っぽくて滑りにくい場所があることに気づきます。
日当たり・流れ・栄養・水温などが影響する
付着藻類の増殖スピードは、川の環境によって大きく変わります。
太陽の光がよく当たる開けた川(日射)や、水温、水中の栄養分(栄養塩)、そして水の流れるスピードなどが複雑に絡み合って変化します。
たとえば、両岸の木がうっそうと茂って日陰になっている場所では、光合成ができずに藻が成長しにくいことがあります。
「ヌルヌルが多い=良い川」とは限らない
では、石が藻でベッタリと覆われている川ほど、栄養豊富で魚がたくさんいるのでしょうか?
実はそうとも限りません。生活排水などで水中の栄養分が増えすぎると、特定の藻類だけが異常発生してしまうことがあり、本来の渓流のバランスが崩れてしまう場合もあります。
また、石の茶色や黒っぽさには、藻類だけでなく細かな泥(細粒土砂)などの汚れが混ざっていることも多いため、「色」や「ヌルヌルの量」だけでその川の水質を断定することはできないのです。
大雨のあと、川底の石が変わることもある
せっかく石に定着したバイオフィルムも、永遠にそのままあるわけではありません。
洪水で付着藻類が剥がれる
大雨で川が激しく増水すると、川底に溜まっていた砂や小石が一気に流れ出します。
この流れていく砂がヤスリのように石の表面を激しく削り取ることで、付着藻類やバイオフィルムがベリッと剥がれ落ちてしまうことがあります。
(※大雨で川の石そのものがゴロゴロと動くダイナミックな仕組みについては、以前の記事でもお話ししましたね)
川底では増殖と剥離が繰り返されている
大水が出た後の川を歩くと、石が洗われたように綺麗で滑りにくくなっているのはこのためです。
しかし、川の水位が落ちて河床が安定すれば、微生物たちは再び石に取り付き、少しずつ増殖してヌルヌルの膜を再形成していきます。川底の世界では、この「増殖」と「剥離」のドラマが絶え間なく繰り返されているのです。
次に渓流を歩いたら、足元の石を見てみよう
川底の石がヌルヌルする理由と、生態系とのつながりについてお話ししました。
僕たちはつい、目の前を泳ぐヤマメやイワナ、あるいは水面を飛ぶ虫たちばかりに目が行きがちです。
しかし、ウェーディングシューズで踏みしめているあの滑りやすい石の表面にも、顕微鏡サイズで繰り広げられる「もう一つの大自然」が存在しています。
次に渓流へ出かけた時は、ツルッと滑って舌打ちをする前に、「このヌルヌルがあるから、今日も元気な魚が釣れるんだな」と足元の石に思いを馳せてみてください。
川を構成するすべての命が繋がっていることに気づくと、いつもの渓流釣りが何倍も神秘的で、ワクワクするものになりますよ!
昔、夏場の開けた里川で釣りをしている時、川底全体が濃い緑色の分厚い藻でビッシリ覆われている場所に入ったことがあります。ルアーを投げるたびにフックにドロドロの藻が絡まってきて、やりにくいなぁと感じましたが、ふとその藻をよく見ると、小さな水生昆虫がウジャウジャと蠢いていたんです。そこから良い型のヤマメが飛び出してきた時、「自然って無駄なものがないんだな」と妙に感心してしまいました。
川底のヌルヌルの秘密が分かったら、次は足元の「石」そのものがどうやってできたのか、そして魚たちがどんな環境で生きているのかを学んでみましょう!
この記事は、以下の研究機関等の知見を参考にアングラー目線で再構成しています。
- J-STAGE(日本陸水学会誌等):河川の付着藻類・バイオフィルムの動態と一次生産に関する論文
- 大学等研究機関:渓流生態系における食物網および陸域由来有機物に関する資料

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